ガイドツアー「ぢぢ」の、カヌーツアーに出かけよう!
午前8時半。ガイドツアー「ぢぢ」の祖父江さんが、車で迎えに来てくれていました。
立派なヒゲをたくわえた、やさしそうな感じの男性です。
祖父江さんの運転する車に乗ると、屈斜路湖に向かいました。
屈斜路湖へ向かう途中、祖父江さんとお話。
祖父江さんは名古屋から来た人らしく、十数年前にこちらに移住してきたのこと。
マイペースな人で、毎日のんびりと過ごしているらしい。
あまりにのんびりしているので、奥さんに怒られることもあるのだとか。
屈斜路湖の湖畔にある「ぢぢ」に到着。
店内はカフェになっており、とても落ち着いたつくりでした。祖父江さんは、
「わたしの名前が『祖父』江だから、店名が『ぢぢ』なんですよ」と、教えてくれた。
午前9時。祖父江さんは赤いカヌーを屈斜路湖畔へと運びました。
カヌーを湖の手前まで運び終えると、祖父江さんはカヌーに乗る時の注意点を教えてくれました。
「カヌーは見ての通り縦に長いので、横の揺れには弱いです。
ですから、水面を覗きこもうとして、横に身を乗り出したりしないようにしてください。
持ち物を川に落としてしまったら、あわてて拾おうとしたりせず、わたしに言ってください」
「はい」
「以上です」
「以上ですか?」
カヌーに乗る前に、祖父江さんのお父さんが写真を撮ってくれた。これから先、お父さんはぼくたちを先回りして、色々な場所で写真を撮ってくれるそう。
パドルを持って乗り込むと、カヌーは屈斜路湖に進水。カヌーには祖父江さんが同乗してくれます。
その日は風が強く、湖面はとげとげしく波立っていました。
波に翻弄されて、カヌーは上下にゆらんゆらんと揺れるため、わたしは体を小さくしてじっと縮こまっていました。
祖父江さんはパドルを漕ぐと、ある入り江へとカヌーを進めていきました。
水は川へと向かって流れ込んでおり、まるで追い風のようにカヌーを運んでくれます。
「川へ入ってしまえば、波はおさまりますよ」と、祖父江さんが言ったので、わたしはいそいそとパドルを漕ぎました。
広大な湖の上をパドルを漕ぎながら進んでいると、まるで一寸法師になった気分です。
やがて、カヌーは釧路川へ合流。波はおさまり、ゆるやかな流れへと変わりました。
森に囲まれた細長い水路を、カヌーはひとりでに進んでいきます。
それはまるで、誰かに導かれているかのようでした。
釧路川の水は澄み切っていて、川底までくっきりと見通すことができました。
水深は浅くて、子どもでも水遊びができる高さ。なんだか、優しくて、親しみの持てる川だなと感じます。
川の周りには、青鷺やカモ、それにカワアイサ(?)などを発見。
川下りの途中では、倒木をよけるためにカヌーを方向転換したり、
頭上にたれ下がった枝をよけるために頭を下げたりと、様々な冒険が待ち受けていました。
釧路川でなによりも感動したのは、その静謐さ。
そこは、水のせせらぎや木々のざわめき、鳥のさえずりの他にはなにも聞こえない、天国のように穏やかな場所でした。
「釧路川はカヌー乗りにとって、聖地と呼ばれているんですよ」と、祖父江さんは教えてくれました。
「リピーターも、何人もいるんですよ。この近くに移住してきて、暇ができれば川下りをしている人もいるぐらいです」
川の中には鯉を一回り小さくしたサイズの黒い魚が泳いでいた。これは「うぐい」という魚だそう。
祖父江さんが川釣り用の小さな釣り竿を貸してくれたけれど、釣れませんでした。
カヌーは「鏡の間」という、釧路川の源流に到着。
あたりは格別に水が澄んでいて、まさに鏡をのぞいたよう。
溶けたガラスが流れているような、うっとりする光景でした。
ある場所をのぞくと、お風呂でお湯をわかした時みたいに、水がこんこんと湧き出ている場所がありました。
ここが正真正銘、釧路川の源流なのだそうです。
釧路を訪問した時、太平洋へと流れ込む釧路川を見ました。そして、ここが釧路川のはじまり。
自分でも気づかないうちに、150kmある釧路川のルーツを辿る旅をしていたと思うと、感慨深い気持ちになりました。
「ぢぢ」を出てから、どれくらいたったでしょうか。白樺林のそばにカヌーを停めると、コーヒー休憩を取りました。
祖父江さんは豆をひくと、アルコールランプを使ってコーヒーを抽出。いれたてのコーヒーを飲ませてくれました。川の上でコーヒーを飲みながら休憩なんて、人生で初めての体験です。
ふと、祖父江さんがアルミホイルに包まれた丸いものを差し出しました。
なんだろうと受け取ると、それはふかしたじゃがいも。かじってみると、さつまいものように甘い!
これは「越冬じゃがいも」といって、収穫してから冬を越すことで、でんぷんが糖に変わったじゃがいもなのだそう。
芽が出ないように冷蔵庫に入れたり、光が当たらないようにラップで覆いをしたりと、作るのが大変だという。あっさりとした甘さが絶妙で、あっという間に完食しまし。
休憩中、祖父江さんと雑談。わたしはつい、無職で小説を書いていること、将来が不安なことを話しました。
すると祖父江さんは、
「うちも貧乏でいつもお金がないけれど、毎日が幸せですよ」と、言いました。そして、
「わたしも若い頃、大学を出てからもブラブラしていて、『お前はなんのために大学を出たんだ』
って両親に怒られたことがありましたよ」
「祖父江さんは、なんて答えたんですか?」
「『うーん、幸せになるためじゃない?』って、答えました」
と、祖父江さんは笑いました。
その時、「自分も祖父江さんのように、北海道でのんびりカヌーを漕ぎながら暮らすのも良いな」
「もし、死にたくなるようなことがあったら、もう一度ここに来よう」と思ったこと。
その感覚は、旅を終えて5年以上経った今でもよく覚えています。
出発する前に、「よかったら、こっちに来ませんか? 北海道なら、家賃が1万円の物件だってありますよ」と、祖父江さんは言いました。
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